renoverocca? PEOPLE vol.1 代表・永吉一成 Kazunari Nagayoshi           

 

「renoverocca? 麻布十番」(by株式会社SOZO FACTORY)が「お客様の夢を叶える」ために大切にしているのが、「人と人」のつながり。

それは「renoverocca? 麻布十番」の社内も同様で、個性と熱意にあふれたリノベ屋たちの集まりです。

このシリーズでは、そんなリノベ屋たちの素顔をご紹介。まずは創業者の永吉一成さんのインタビューを2回にわたってお届けします。




あえて不器用な世界に身を置きたい


--永吉代表は現在でも、物件を手がけられることもあるのですか?


はい、もちろん! 会社経営だけに携わっているわけではなく、今でも個別に物件を担当して、お客さまと話し、図面を引き、現場に通っていますよ。朝、出社しても、ふつうにそうじから始めます。


自分は「renoverocca? 麻布十番」のプロデューサーであり、リノベ屋という職人なんです。プランをつくるデザイナーだとか、現場で腕をふるう職人というヒエラルキーはない。

あくまで「リノベーション」という、お客さまに喜んでもらうための、ものづくりに携わるメンバーの一人という意識なんですね。この世界に入って20年近くになりますが、「このプランでお客さまは喜んでくれるだろうか?」といまだにドキドキしていますね(笑)。


プロデューサーという意識は、リノベ屋という職業をよりクリエイティブなものに位置付けたい、面白い仕事をつくっていきたい、という想いがあるからです。

そのためにはある程度、不器用な世界に身を置いていたい、という思いがあります。



--不器用な世界! 失礼ながら、会社としては器用な方向に舵取りしたほうが良いようにも思えますが……。


儲けようとすると、結局、不動産業になってしまうんですよね。「いかに安く物件を買って手を入れて高く売るか」という勝負に陥って、そのサイクルのなかでは住まい手の顔は見えてこない。


それに、つくっているわれわれ自身がなかなかワクワクできないんです。

なので、不器用なプロでいたいんです。プロとしての知識はあるけれども、コツコツ勉強をして、さらに成長していくような。


多少、手間や時間はかかっても、お客さまの頭のなかをじっくり紐解いて、いっしょにつくっていくほうが絶対に楽しいし、記憶に残るものができるという信念があるんです。



--記憶に残る住まい、素敵ですね。


その家で育ったお子さんが成長して家族をもったら、われわれと家づくりがしたい、と思ってくださるようなリノベーションが理想なんです。


友達の家に遊びに行った時「どうもウチはよそと違うな」って子供心に思ってもらえるのは、最高の褒め言葉ですね。当たり前のように暮らしてきたけれども、気づいてみたら、どうもわが家はほかとは違う。毎日、当たり前のように起きて食べて寝ていたところが実はクリエイティブな空間だった……と発見してもらえれば、リノベ屋冥利に尽きます。




住まい手の目線に立てるプロをめざして



--永吉代表がリノベーションの道に入ることになったきっかけは?


もともとは新築ビルやマンションの現場監督や施工管理をしていました。ハードだったけれども、ゼロからモノを創り上げるのは、とてもやりがいがありました。


ただその一方で、住む人や家そのものの顔が見えるのなら、もっと創意工夫が凝らせるのに……ともどかしい思いが募るばかりで。それで、お客さまと直接つながりたい、と独立することにしたんです。



--当時は新築信仰の強い時代だったと思います。なぜリノベーションだったのでしょう?


異業種の方たちと交流するなかで、「海外では新築よりも、100年200年経った建物をリフォームするほうが価値がある」といったことや、「良い場所(エリア)には良い建物(ストック)が建っている」、という話を聞き、リフォームに可能性を感じたのです。まだリノベーションという言葉もなかった時代のことでした。



--家づくりといえば新築が第一の選択肢だった頃に、既存の建物の価値を評価して活かす、ということに着目されたわけですね。


はい、ただいきなり創業したわけではなく、2年ほどリフォーム会社で修行をしました。

その時気付いたのは、自分の夢を叶えたいというお客さまの声が、やはり十分に汲み取られておらず、「リフォームだから仕方ない」がたくさんあるお家が出来上がる、ということでした。


ですので、お客さまの目線に立てるリノベーションのプロになろう、そしてもっともっと良いものをつくろう、という想いをあらたにしたのです。

結果として、業界の常識からすれば型破りなスタイルの会社になりましたが……。


後編に続く)